はじめに
「親の土地を無償で借りて家を建てている」「兄弟の家を無償で使っている」——このような状況は、日本の親族間では非常によく見られます。こうした「無償での貸し借り」を法律上「使用貸借」といい、賃料を支払う「賃貸借」とは、法的効力・権利保護の面で大きく異なります。
使用貸借は口約束や黙示の合意で成立することが多く、契約書すら存在しないケースが珍しくありません。しかし、貸主または借主の死亡・相続が発生したり、親族関係が悪化したりすると、想定外のトラブルに発展することがあります。
本コラムでは、使用貸借の法的概念・賃貸借との違い、使用貸借の解消方法、そしてトラブルを未然に防ぐための実務的な対策を、弁護士の視点から解説します。
使用貸借とは?賃貸借との違い
◆ 使用貸借の定義
使用貸借とは、貸主がある物を相手方(借主)に引き渡すことを約し、借主がその物を無償で使用・収益して、契約終了時に返還することを約する契約です。
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【民法第593条(使用貸借)】 使用貸借は、当事者の一方がある物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。 |
「無償で」という点が使用貸借の本質的な要素です。たとえ形式上「賃貸借契約書」と題した書面を作成していても、実態として対価(賃料・地代)の支払いが一切ない場合は、使用貸借と判断されます(実質主義)。また、固定資産税相当額を支払っている場合も、それが使用収益の対価とみることができる特別の事情がない限り、使用貸借と扱われる場合があります(最高裁昭和41年10月27日判決)。
使用貸借が問題となる典型的な場面としては、次のようなものがあります。
- 親が所有する土地を子どもに無償で貸し、子どもがその土地の上に自宅を建てて居住している場合
- 経営者(個人)が自己所有の土地を、自ら経営する法人(会社)に無償で貸している場合
- 相続により取得した実家を、兄弟や親族が無償で使用している場合
- 友人・知人に短期間、自宅や別荘を無償で貸している場合
◆ 賃貸借との主な相違点
使用貸借と賃貸借は「物を貸し借りする契約」という点では同じですが、法的効力・権利保護の面では大きく異なります。
■ 使用貸借と賃貸借の比較表
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項目 |
使用貸借 |
賃貸借 |
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対価 |
無償(無料) |
有償(賃料を支払う) |
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根拠法 |
民法第593条〜600条 |
民法第601条〜622条の2 +借地借家法 |
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借地借家法 |
適用なし |
適用あり(建物所有目的または建物の賃貸借) |
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借主の保護 |
弱い(貸主有利) |
強い(更新・正当事由等) |
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対抗要件 |
なし |
あり(登記または建物の引渡し・登記) |
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必要費負担 |
借主が負担 |
貸主が負担 |
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借主死亡 |
終了(民法597条3項) |
相続人が賃借人の地位を相続 |
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貸主死亡 |
終了せず(相続人が貸主の地位を相続) |
終了せず(相続人が貸主の地位を相続) |
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典型例 |
親が子に土地を無償で貸す (親子・親族間が多い) |
一般的なアパート・マンション の賃貸借 |
◆ 借地借家法が適用されないことの意味
賃貸借(特に建物の所有を目的とする土地の賃貸借や建物の賃貸借)には借地借家法が適用され、借主は強力な法的保護を受けます。具体的には、①契約更新拒絶には「正当事由」が必要であること、②賃貸人からの解除には厳格な要件があること、③建物の登記がなくても引渡しを受けていれば第三者に対抗できること(借地借家法31条)、などが挙げられます。
一方、使用貸借には借地借家法が一切適用されません。借主は「使用借権」という権利を持ちますが、これは賃借権と比べて極めて脆弱であり、対抗力もないため、貸主が物件を第三者に売却した場合、買主に対して使用を主張することができません。
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対抗力がないことによるリスク
使用貸借の借主は、貸主が目的物を第三者に売却・譲渡した場合、新所有者に対して使用継続を主張できません。 例:親から無償で土地を借りて自宅を建てていたところ、親(または親の相続人)がその土地を第三者に売却した場合、借主は新所有者から明渡しを求められても原則として拒絶できません。 このリスクを避けるためには、土地取得のうえで賃貸借契約に転換するか、土地所有権の移転を受けることが根本的な解決策となります。 |
◆ 必要費・有益費の負担
賃貸借では、目的物の使用・収益に必要な費用(必要費)は原則として貸主(賃貸人)が負担します(民法608条)。一方、使用貸借では、借主が通常の必要費を自ら負担しなければなりません(民法595条1項)。これは、無償で貸してもらっているのだから、維持に必要な費用くらいは自分で負担すべきという考え方に基づいています。
具体的には、固定資産税・都市計画税も使用貸借における「必要費」に含まれると解されており(最高裁昭和41年10月27日判決)、借主がこれを負担しても、その金額が賃料性を帯びない限り、使用貸借としての評価は変わりません。
使用貸借を解消する方法
使用貸借の解消(終了)事由は、民法597条・598条に規定されています。大きく「当然終了」と「解除(解約)による終了」に分けられます。
◆ 当然終了事由(民法597条)
以下のいずれかが生じた場合、当事者による解除等の意思表示なく、使用貸借は当然に終了します。
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【民法第597条(期間満了等による使用貸借の終了)】 第1項:当事者が使用貸借の期間を定めたときは、使用貸借は、その期間が満了することによって終了する。 第2項:当事者が使用貸借の期間を定めなかった場合において、使用及び収益の目的を定めたときは、使用貸借は、借主がその目的に従い使用及び収益を終えることによって終了する。 第3項:使用貸借は、借主の死亡によって終了する。 |
各事由について解説します。
- 【期間の満了(民法597条1項)】 当事者があらかじめ「5年間」「令和〇年〇月〇日まで」などの期間を定めた場合、その期間の満了をもって当然に契約は終了します。最もシンプルかつ明確な終了事由です。
- 【目的の達成(同条2項)】 期間の定めがなく、使用収益の「目的」(例:「子どもが就職するまで」「自宅が建つまで」)が定められている場合は、借主がその目的を達成した時点で契約が終了します。目的が達成される以前でも、その目的に従った使用収益を行うのに足りる「相当期間」が経過したときは、貸主から解除(解約申入れ)ができます(民法598条1項)。相当期間の判断は、経過年数・当事者間の人的つながり・貸借の経緯・土地使用の目的・方法・程度・貸主の必要性など双方の事情を総合考慮します(最高裁昭和45年10月16日判決参照)。
- 【借主の死亡(同条3項)】 使用貸借は、貸主の借主に対する個人的な信頼関係を基礎とするため、借主が死亡した場合、使用借権は相続されず、契約は原則として終了します。 ただし、民法597条3項は任意規定(当事者が特約で排除できる規定)であり、以下の場合は例外として使用貸借の継続が認められています。
①特約がある場合:「借主が死亡しても使用貸借を継続する」旨の明示の定めがある場合。
②建物所有目的の土地使用貸借:裁判例上、土地の使用貸借がその上の建物を所有することを目的とする場合は、「特段の事情のない限り、建物所有の用途に従ってその使用を終えたときに返還時期が到来する」として、借主の死亡によって当然には終了しないとするものがあります(東京地裁昭和56年3月12日判決など)。
③黙示の合意:被相続人と同居していた相続人について、「遺産分割終了までの間は無償で使用させる旨の合意があった」と推認した最高裁平成8年12月17日判決があります。
◆ 解除(解約)による終了事由(民法598条)
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【民法第598条(使用貸借の解除)】 第1項:貸主は、前条第2項に規定する場合において、同項の目的に従い借主が使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、契約の解除をすることができる。 第2項:当事者が使用貸借の期間並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも契約の解除をすることができる。 第3項:借主は、いつでも契約の解除をすることができる。 |
解除による終了事由を整理すると、以下のとおりです。
①【期間も目的も定めていない場合(民法598条2項)】
貸主はいつでも自由に解除できます。これが使用貸借において貸主側が有する最も強力な権利です。
②【目的は定めたが相当期間経過後(民法598条1項)】
使用収益の目的は定めたものの、その目的に照らして相当な期間が経過した場合、貸主 は解除できます。
③【信頼関係の破壊を理由とする解除(判例)】
使用貸借は当事者間の信頼関係を基礎とするため、その信頼関係が破壊された場合(借 主が扶養を廃止し往来を断った等)には、民法598条1項の類推適用により貸主は解除できます(最高裁昭和42年11月24日判決)。
④【借主からの解除(民法598条3項)】
借主はいつでも解除することができます。
◆ 使用貸借終了後の原状回復・明渡し
使用貸借が終了した場合、借主は借用物(土地・建物等)を原状に回復して貸主に返還する義務を負います(民法599条3項)。ただし、通常の使用・収益によって生じた損耗(経年劣化)については解釈が分かれており、個別の事情によって判断されます。
建物所有目的で土地を借りていた場合、借主は原則として建物を取り壊し(収去)のうえ、土地を更地にして返還しなければなりません。これは賃貸借における借地権の場合と同様ですが、立退料・更新料等の経済的補償は原則として発生しません(使用貸借には借地借家法が適用されないため)。
任意の明渡しに応じない場合は、建物収去・土地明渡しの訴訟(または建物明渡しの訴訟)を提起し、強制執行によって明渡しを実現することになります。
使用貸借のトラブルを未然に防ぐ方法
使用貸借トラブルのほとんどは、当初の口約束・黙示の合意で成立したまま、契約内容が不明確であったり、貸主・借主の死亡を契機に相続人間の関係が悪化したりすることで発生します。以下の予防策を徹底することが重要です。
◆ ① 契約書を作成し、内容を明確にする
口頭や黙示の合意ではなく、必ず書面(使用貸借契約書)を作成してください。契約書には、少なくとも以下の事項を明記することが推奨されます。
- 目的物の特定(所在地・地番・地積・家屋番号等)
- 使用目的(建物所有のため、居住のため等)
- 契約期間(「令和〇年〇月〇日まで」または「借主が死亡するまで」等)
- 無償(地代・賃料が一切発生しない)である旨
- 必要費・有益費の負担割合
- 契約終了時の原状回復の内容(建物収去の要否等)
- 借主死亡時の取り扱い(契約終了とするか、相続人への引き継ぎを認めるか)
- 解除事由と手続き(通知期間等)
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📌 公正証書の活用
特に不動産(土地・建物)を対象とする使用貸借については、公正証書で契約書を作成することを強くお勧めします。 公正証書は公証人が作成する公文書であり、内容の証明力が高く、後の紛争において証拠として有効です。また、明渡し等に関する強制執行認諾条項を設けることで、訴訟なしに強制執行が可能となる場合もあります。 |
◆ ② 相続・承継の取り扱いを明記する
使用貸借は借主の死亡によって当然終了する(民法597条3項)のが原則ですが、建物所有目的の土地使用貸借では例外扱いとなる裁判例が多く、相続発生後に誰が「貸主」「借主」の地位を引き継ぐかが不明確になりがちです。
契約書に「借主が死亡した場合は〇〇が引き継ぐ(または契約を終了する)」「貸主が死亡した場合は相続人〇〇が貸主の地位を引き継ぐ」などを明示的に規定しておくことで、相続人間の紛争を防ぐことができます。
◆ ③ 他の親族・相続人にも情報を共有する
使用貸借は当事者間で秘密裏に行われることも多く、他の相続人が使用貸借の存在を知らないまま貸主が死亡し、遺産分割協議の場で初めて問題が発覚するケースがあります。
こうしたトラブルを避けるため、使用貸借を締結した際は、契約当事者以外の相続人・親族にも使用貸借の内容(期間・目的・終了条件)を共有しておくことが重要です。文書で経緯を記録し、相続人が全員閲覧できる形で保管しておくと安心です。
◆ ④ 賃貸借への転換を検討する
長期にわたる使用貸借の場合、借主の権利が脆弱であるリスク(貸主が第三者に物件を売却した場合等)を解消するため、適切な地代・賃料を設定して賃貸借契約に転換することも選択肢の一つです。
ただし、無償から有償に転換することで課税関係(贈与税等)が生じる場合がありますので、転換に際しては税理士・弁護士に相談することが不可欠です。
◆ ⑤ 早期に弁護士に相談する
使用貸借に関するトラブルは、親族間の感情的な対立と法律問題が複雑に絡み合うため、当事者同士の話し合いで解決することが困難なケースが多くあります。
以下のような場合には、早期に弁護士に相談することをお勧めします。
- 使用貸借を解消したいが相手方が任意に応じない場合
- 貸主または借主の相続が発生し、相続人間で使用貸借の取り扱いをめぐって対立が生じている場合
- 使用貸借か賃貸借かが争いになっている場合
- 使用貸借の目的物(土地・建物)の売却を検討しているが、借主(または相続人)が占有を継続している場合
- 使用貸借契約書を作成したい場合、または既存の契約書の内容を確認・修正したい場合
お気軽に弁護士にご相談を
使用貸借は親族間の信頼関係を前提とする契約であるがゆえに、その関係が変化したとき——特に相続の発生や関係の悪化——には深刻なトラブルに発展しやすい性質を持っています。賃貸借と異なり借地借家法による保護がなく、借主の立場は法的に非常に脆弱です。
一方で、貸主側も、「いつまで無償で貸し続ければよいのか」「相続人にも対応してもらえるのか」という問題に直面することがあります。
これらの問題は、当事者間の感情論だけでは解決できず、法的な視点からの分析・交渉・必要に応じた訴訟対応が求められます。使用貸借に関してお悩みの方は、問題が複雑化する前に、お早めに弁護士にご相談ください。
※本コラムは一般的な法律情報の提供を目的としており、個別案件の法的アドバイスではありません。
※個別案件については弁護士にご相談ください。
- 代表パートナー・所長
- 高橋 英伸
- 京都大学法学部卒業後、旧司法試験合格を経て2006年に弁護士登録。大阪市内の企業法務系事務所で15年のキャリアを積み、2021年に蒼生法律事務所を開設。相続・共有・所有者不明土地など空き地・空き家問題に注力。宅地建物取引士・相続アドバイザーの資格も保有し、不動産に関わる法的問題を総合的にサポートしています。
