はじめに(所有者不明土地問題と義務化の背景)
「実家の名義が、亡くなった祖父のままになっている」「親から相続した土地があるが、登記の手続きをしていない」——このようなご相談は、当事務所にも数多く寄せられます。
こうした相続登記の放置は、日本全国で深刻な社会問題を引き起こしてきました。国土交通省の調査では、いわゆる所有者不明土地(不動産登記簿等により所有者が直ちに判明しない、又は判明しても連絡が付かない土地)の面積は、九州本島の面積に匹敵する規模に達しているとも指摘されています。
相続登記が行われないまま何十年も放置されると、その間に相続人がさらに死亡し、相続人の数がねずみ算式に増えていく「数次相続」が発生します。その結果、相続人の特定や連絡が困難になり、いざ土地を売却・活用しようとしても、権利関係の整理に多大な時間と費用がかかってしまいます。また、所有者が分からない土地は、固定資産税の徴収漏れや、災害復旧・都市開発の妨げにもなります。
こうした問題を解決するため、2021年(令和3年)に「民法等の一部を改正する法律」が成立し、不動産登記法が改正されました。これにより、これまで任意とされてきた相続登記の申請が、法律上の義務となりました。本コラムでは、相続登記義務化の内容と過料のリスク、関連する新制度、そして実務上の注意点について、弁護士の視点から解説します。
相続登記義務化の概要
施行時期(2024年4月1日施行)
相続登記の義務化は、2024年(令和6年)4月1日に施行されました。これにより、不動産登記法第76条の2以下の規定に基づき、相続によって不動産を取得した方には、登記申請の義務が課されることになりました。
申請期限(取得を知った日から3年以内)
不動産登記法第76条の2第1項は、相続により不動産の所有権を取得した者は、「自己のために相続の開始があったこと」かつ「当該所有権を取得したこと」を知った日から3年以内に、所有権の移転登記を申請しなければならないと定めています。
ここで注意すべきは、期限の起点が「被相続人が死亡した日」ではなく、「自分がその不動産を相続したことを知った日」であるという点です。相続人が複数いる場合や、遠方の不動産を後から知った場合など、起点となる日は人によって異なり得ます。また、遺産分割協議によって不動産を取得した場合は、その分割が成立した日から3年以内に、追加の登記申請義務が生じます(同条第2項)。
過去の相続も対象(2027年3月31日が期限)
相続登記義務化のもう一つの重要な特徴は、遡及適用があることです。2024年4月1日より前に発生した相続についても、義務化の対象となります。
この場合の申請期限は、「相続の開始及び所有権の取得を知った日から3年」または「施行日(2024年4月1日)から3年」のいずれか遅い日とされており、施行日を基準とする期限は2027年(令和9年)3月31日となります。つまり、何十年も前に亡くなった祖父母や親の名義のまま放置されている不動産も、原則としてこの期限までに登記を済ませる必要があります(不動産を相続で取得したことを知った日が2024年4月以降の場合は、その日から3年以内)。
義務を怠った場合の過料(10万円以下)と手続の流れ
正当な理由なく登記申請の期限を過ぎた場合、10万円以下の過料が科される可能性があります(不動産登記法第164条第1項)。
ここで正確に理解しておきたいのは、期限を過ぎた瞬間に自動的に過料が科されるわけではないという点です。実際の手続の流れは、おおむね以下のとおりです。
- 登記官が、他の手続(固定資産税の納税や相続人からの申出など)を通じて、相続登記の申請義務違反の事実を把握する
- 登記官が違反者に対し、相当の期間を定めて相続登記の申請を行うよう催告する
- 催告を受けた期間内に、正当な理由なく申請をしない場合、登記官が管轄の地方裁判所にその事実を通知する
- 通知を受けた裁判所が、過料に処すべきかどうかを判断し、決定を行う
過料は刑事罰ではなく行政上の秩序罰であるため、これを課されても前科がつくことはありません。ただし、決定に基づく過料を期限内に納付しない場合は、他の財産と同様に差押えなどの強制執行を受けるリスクがあります。
なお、法務省の通達では、相続人が極めて多数に及び資料収集に時間を要する場合や、重病・重傷を負っている場合、DV被害者等で避難を要する場合など、一定の事情がある場合には「正当な理由」として過料の対象外となり得ることが示されています。ただし、その判断は個別の事情によるため、期限が近づいている場合は早めに専門家へ相談することをお勧めします。
相続人申告登記という簡易な対応方法
遺産分割協議がまとまらず、期限内に正式な相続登記を行うことが難しい場合に備え、義務化と同時に「相続人申告登記」という簡易な制度が新設されました(不動産登記法第76条の3)。
これは、相続人が法務局に対し、「自分が当該不動産の登記名義人の相続人である」旨を申し出るだけで、登記官がその旨を職権で登記に記録する制度です。
相続人申告登記のポイントは以下のとおりです。
- 相続人の一人から単独で申出をすることができ、他の相続人の分もまとめて代理申請することも可能
- 戸籍謄本など、正式な相続登記に比べて必要書類が簡易
- 申出をすることで、いったん相続登記の申請義務を履行したものとみなされ、過料のリスクを回避できる
ただし、相続人申告登記はあくまで「暫定的な措置」であり、不動産の所有権そのものを移転する効果はありません。遺産分割協議が成立した場合には、その日から3年以内に、別途正式な相続登記の申請が必要になる点に注意が必要です。
関連する制度
相続登記義務化と併せて、所有者不明土地問題への対応として、次の2つの制度も整備されています。
相続土地国庫帰属制度
「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」(相続土地国庫帰属法)に基づく制度で、2023年(令和5年)4月27日に施行されました。相続や遺贈によって土地を取得したものの、活用も売却もできずに管理に困っている場合に、一定の要件を満たし、法務局の審査を通過することで、その土地の所有権を国に引き渡すことができる制度です。
主なポイントは次のとおりです。
- 申請できるのは、相続または相続人に対する遺贈によって土地を取得した人(共有地の場合は共有者全員による共同申請が必要)
- 建物がある土地、担保権や使用収益権が設定されている土地、境界が明らかでない土地などは、申請段階で却下される
- 崖地や、通常の管理・処分に過分の費用・労力を要する土地などは、審査の結果不承認となることがある
- 承認された場合、土地の性質に応じて算定される負担金(原則20万円が基準となるケースが多い)を納付する必要がある
- 審査手数料として、土地一筆当たり14,000円が必要で、却下・不承認となった場合も返還されない
- 制度開始前(2023年4月27日より前)に相続・遺贈で取得した土地についても、申請の対象となる
「相続はしたが使い道がなく、固定資産税の負担だけが続いている」という土地をお持ちの方にとって、選択肢の一つとなる制度です。
所有不動産記録証明制度
相続登記を進める上での実務的な課題として、「被相続人がどこにどのような不動産を持っていたのか分からない」という問題があります。この課題に対応するため、不動産登記法第119条の2に基づく「所有不動産記録証明制度」が創設され、2026年(令和8年)2月2日から運用が開始されました。
この制度は、本人またはその相続人等が法務局に請求することで、登記名義人として記録されている不動産を全国単位で一括検索し、一覧にした証明書の交付を受けられる仕組みです。所有者として登記に記録されていない場合には、「該当する不動産がない」旨の証明書が発行されます。
- 請求できる人:本人(法人を含む)、相続人その他の一般承継人、委任状を有する代理人
- 請求方法:全国どこの法務局・地方法務局でも、窓口・郵送・オンラインのいずれでも可能(管轄の制限なし)
- 手数料:検索条件1件・証明書1通あたり
- 書面請求 1,600円
- オンライン請求・郵送受領 1,500円
- オンライン請求・窓口受領 1,470円
従来は、被相続人名義の不動産を調べるために、市区町村ごとに「名寄帳」を取得する必要があり、遠方に不動産がある場合には把握が漏れてしまうケースも少なくありませんでした。所有不動産記録証明制度により、こうした調査の負担が大きく軽減されることが期待されています。ただし、この制度で証明されるのはあくまで登記上の情報であるため、名寄帳など他の資料と併用した調査が望ましい点に留意が必要です。
不動産業者・オーナーが実務で注意すべき点
売買・仲介時の登記未了物件への対応
不動産業者にとって、相続登記義務化は仲介実務にも直接影響します。売買の対象となる不動産が、亡くなった所有者の名義のまま放置されているケースは今も少なくありません。
このような物件を取引する際は、以下の点に注意が必要です。
- 売買契約に先立ち、相続人全員による相続登記(または少なくとも相続人申告登記)を完了させることが原則であり、未了のまま売買契約を進めることはトラブルの温床となる
- 相続人が複数いる場合、真の権利者が誰かを登記簿上で確認できないまま契約交渉を進めると、後日、無権利者との契約であったことが判明するリスクがある
- 買主側の金融機関による融資審査でも、相続登記の未了が理由で承認が遅れる、あるいは拒否されるケースがある
- 依頼者である相続人に対し、相続登記義務化により過料のリスクがあることを説明し、早期の登記手続を促すことも、業者としての説明責任の一環となり得る
共有・数次相続が絡むケース
長期間放置された不動産では、相続人の一部がすでに死亡し、さらにその相続人が複数いるという「数次相続」の状態になっていることが少なくありません。また、遺産分割がまとまらず、法定相続分に応じた共有状態になっている物件も多く見られます。
こうしたケースでは、次のような点が実務上の課題となります。
- 数次相続が発生している場合、各段階の相続関係を正確に遡って戸籍等で確認する必要があり、書類収集に時間を要する
- 共有者の一部と連絡が取れない、または共有者間で意見が対立している場合、売却や活用の合意形成そのものが難航する
放置している不動産がある場合の進め方
「登記が未了の不動産があるかもしれない」と気づいた場合、以下のような順序で進めることをお勧めします。
- 不動産の把握:所有不動産記録証明制度や、市区町村の名寄帳を活用して、被相続人が所有していた不動産を全国的に洗い出す
- 登記簿・相続関係の確認:各不動産の登記簿を取得し、現在の名義人と、戸籍等から判明する相続人の範囲を確認する
- 期限の確認:自身にとっての申請期限(相続開始及び取得を知った日から3年、過去の相続については原則2027年3月31日)を確認する
- 遺産分割協議または相続人申告登記:協議がまとまる見込みがあるかどうかを踏まえ、正式な相続登記を目指すか、いったん相続人申告登記で対応するかを検討する
- 活用困難な土地の検討:売却も活用もできない土地については、相続土地国庫帰属制度の利用可能性も検討する
これらの判断には、戸籍調査、登記実務、遺産分割協議の進め方など、専門的な知識が必要となる場面が多くあります。特に相続人が多数に及ぶ場合や、権利関係が複雑な場合は、早い段階で専門家に相談することで、期限内の対応がしやすくなります。
当事務所がサポートできること
当事務所では、相続登記義務化に関連して、以下のようなご相談に対応しています。
- 相続関係の調査(戸籍収集、数次相続の整理)と、登記が必要な不動産の洗い出し
- 遺産分割協議の進め方に関するアドバイスや、相続人間の交渉・調整
- 相続人申告登記や正式な相続登記に向けた手続のご案内、司法書士との連携
- 活用が難しい土地について、相続放棄や相続土地国庫帰属制度の利用可能性の検討
- 不動産業者・オーナーの皆様に向けた、売買・仲介時の権利関係チェックに関するご相談
相続登記は、一度権利関係が複雑化すると、解決までに長い時間を要することが少なくありません。過料のリスクを避けるだけでなく、将来のトラブルを防ぐという観点からも、早期の対応が重要です。
お気軽に弁護士にご相談ください
「うちの実家の名義、そのままで大丈夫だろうか」「相続人が多くて、何から手を付けていいか分からない」——そのようなお悩みがあれば、まずはお気軽にご相談ください。
相続登記義務化の期限(過去の相続については原則2027年3月31日)は、決して遠い将来の話ではありません。放置している不動産がある方、相続人間の話し合いが難航している方は、お早めに当事務所へご連絡いただければと思います。個々のご事情に応じた最適な進め方を、丁寧にご案内いたします。
※本コラムの内容は、記事作成時点の法令等に基づく一般的な情報提供であり、個別の法的助言に代わるものではありません。具体的なご相談は、弁護士等の専門家にお問い合わせください。
- 代表パートナー・所長
- 高橋 英伸
- 京都大学法学部卒業後、旧司法試験合格を経て2006年に弁護士登録。大阪市内の企業法務系事務所で15年のキャリアを積み、2021年に蒼生法律事務所を開設。相続・共有・所有者不明土地など空き地・空き家問題に注力。宅地建物取引士・相続アドバイザーの資格も保有し、不動産に関わる法的問題を総合的にサポートしています。
