はじめに(2026年1月1日施行、下請法から取適法へ)
令和8年(2026年)1月1日、約70年続いた「下請代金支払遅延等防止法」(下請法)は、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(通称「取適法」)に生まれ変わりました。
名称だけでなく、規制の中身も大きく変わっています。「親事業者」は「委託事業者」に、「下請事業者」は「中小受託事業者」に、「下請代金」は「製造委託等代金」に改められ、適用対象の拡大や禁止行為の追加が行われました。
不動産管理会社は、清掃、設備点検、コールセンター業務など、多くの業務を外部事業者に委託しています。こうした外注取引の多くは取適法の「役務提供委託」に当たり得るため、施行から10か月が経過した今、自社の発注実務が新法に適合しているかを改めて点検しておく必要があります。
本コラムでは、取適法の概要と主な改正点を整理したうえで、不動産管理会社が特に注意すべきポイントを弁護士が解説します。
取適法の概要
正式名称(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)
取適法は、新しく制定された法律ではなく、下請法(昭和31年法律第120号)を改正したものです。改正法である「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」(令和7年法律第41号)により、題名が「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に改められました。
用語も次のとおり改められています。
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改正前(下請法) |
改正後(取適法) |
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親事業者 |
委託事業者 |
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下請事業者 |
中小受託事業者 |
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下請代金 |
製造委託等代金 |
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3条書面(発注書面の交付) |
4条明示(書面又は電磁的方法による明示) |
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5条書類(取引記録の作成・保存) |
7条記録 |
あわせて、下請中小企業振興法も「受託中小企業振興法」に名称が変わっています。
施行日(令和8年〈2026年〉1月1日)
改正法は、令和7年(2025年)5月16日に成立し、同月23日に公布され、令和8年(2026年)1月1日に施行されました。
公正取引委員会は、取適法の規定(禁止行為等)が適用されるのは令和8年1月1日以降に発注する取引であると説明しています。たとえば手形払の禁止も、同日以降の発注分から適用されます。
逆にいえば、令和7年12月31日以前に発注した取引には改正前の下請法が適用されるため、移行期の取引では「いつ発注したか」を記録上明確にしておくことが重要です。
主な改正点
改正点は多岐にわたりますが、不動産管理会社の実務に影響が大きいのは次の4点です。
従業員数基準の追加(役務提供委託等は100人)
改正前の下請法は、資本金基準だけで適用の有無を判断していました。そのため、資本金を小さく抑えた大規模事業者との取引が適用対象から外れる、いわゆる「下請法逃れ」が問題視されていました。
取適法では、資本金基準に加えて「常時使用する従業員の数」による基準が新設されました。基準は、製造委託等で300人、役務提供委託等で100人です。例えば、清掃・設備点検・コールセンター業務等の役務提供委託の場合、委託する側の従業員が100人を超え、受託する側が100人以下であれば、資本金の額にかかわらず取適法の対象となり得ます。
公正取引委員会は、次の点を明らかにしています。
- 従業員基準は、資本金基準が適用されない場合に適用される。
- 「常時使用する従業員」は賃金台帳に記載された従業員数で算定し、正社員、契約社員、パート・アルバイト、1か月を超えて引き続き使用される日雇い労働者を含む。派遣社員は派遣先の従業員数に含まれない。
- 該当性は製造委託等をした時点の従業員数で判断する。
- 委託事業者に相手方の従業員数を確認する法的義務はないが、判別が必要な場合は相手方に確認することになる。
不動産管理会社には、資本金は5,000万円以下に抑えつつ、管理員・清掃員などを多数雇用している会社も少なくありません。改正前は資本金基準により下請法の対象外とされていた会社でも、従業員が100人を超えていれば、従業員100人以下の委託先との取引について委託事業者として規制を受ける可能性があります。
協議に応じない一方的な代金決定の禁止
新設された取適法5条2項4号は、「市価」との比較が必要な買いたたきとは別に、価格交渉のプロセスそのものを規制するものです。中小企業庁の資料では、次のように説明されています。
委託事業者は、中小受託事業者の給付に関する費用の変動その他の事情が生じた場合において、中小受託事業者が製造委託等代金の額に関する協議を求めたにもかかわらず、当該協議に応じず、又は当該協議において中小受託事業者の求めた事項について必要な説明若しくは情報の提供をせず、一方的に製造委託等代金の額を決定することにより、中小受託事業者の利益を(不当に害してはならない)
人件費や資材費が上昇するなかで、委託先から値上げの相談があったのに「予算がない」と回答して据え置く、あるいは協議の場を設けないといった対応は、この規定に抵触するおそれがあります。
手形払等の禁止
取適法の対象取引では、手形による代金の支払が一律に禁止されました。電子記録債権やファクタリング(一括決済方式)も、支払期日までに代金満額相当の現金を得ることが困難なものは禁止され、支払遅延に該当することになります。
公正取引委員会は、移行に伴う注意点として次の2点を示しています。
- 手形払から現金払に切り替える際、現金調達に必要だとして代金から割引料相当額を差し引けば、減額として取適法違反となる。また、従前の単価から一方的に割引料相当分を引き下げることは、買いたたき又は協議に応じない一方的な代金決定に当たるおそれがある。
- 振込手数料を委託事業者の負担に変更する際に、一方的に従前の代金から振込手数料相当額を引き下げることも、同様に問題となるおそれがある。
特定運送委託の追加
改正前は「物品の運送の再委託」のみが対象でしたが、取適法では、発荷主が運送事業者に対して物品の運送を委託する取引が「特定運送委託」(取適法2条5項)として新たに対象に加わりました。
不動産管理会社が自ら物品を製造・販売して運送を委託する場面は多くありませんが、備品や資材の配送をグループ内で手配している場合などは、該当性を確認しておくとよいでしょう。
このほか、事業所管省庁にも指導・助言の権限が与えられるなど、執行体制(いわゆる面的執行)も強化されています。
不動産管理業での適用場面
清掃・設備点検・コールセンター等の再委託(役務提供委託)
取適法の「役務提供委託」とは、下請法時代から引き続き、「事業者が業として行う提供の目的たる役務の提供の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること」をいいます(取適法2条4項)。
ポイントは、委託する役務が「自社が業として他者に提供している役務」であることです。オーナーや管理組合から受託した管理業務の一部を外部に再委託する場面が典型例です。
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取引の例 |
取適法の適用 |
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オーナーから受託した共用部清掃を清掃会社に再委託 |
役務提供委託に当たり得る |
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受託物件のエレベーター・消防設備等の保守点検を専門業者に再委託 |
役務提供委託に当たり得る |
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入居者からの問合せ・夜間緊急対応を外部コールセンターに再委託 |
役務提供委託に当たり得る |
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退去時のハウスクリーニングを専門業者に再委託 |
役務提供委託に当たり得る |
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入居者募集用の物件写真・図面・広告の作成を外注 |
情報成果物作成委託に当たり得る |
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自社本社オフィスの清掃を清掃会社に委託 |
自社で利用する役務のため、原則として対象外 |
いずれも、前述の資本金基準又は従業員基準を満たす場合に適用されます。対象となる取引では、委託事業者は発注内容の明示(4条明示)、受領(役務提供)日から60日以内の支払期日の設定、取引記録の作成・保存(7条記録)などの義務を負い、減額、買いたたき、協議に応じない一方的な代金決定などが禁止されます。
建設工事の請負は建設業法の規律(取適法との区別)
役務提供委託の定義からは、「建設業を営む者が業として請け負う建設工事の全部又は一部を他の建設業を営む者に請け負わせること」が除外されています(取適法2条4項括弧書)。建設工事の元請・下請間の取引は、建設業法が規律するためです。
建設業法は、書面による契約締結(19条)、不当に低い請負代金の禁止(19条の3)、特定建設業者の下請代金の支払期日(24条の6)などを定めており、取適法とは要件も監督官庁も異なります。
不動産管理会社は、同じ物件について「役務」と「工事」の双方を発注していることが多いため、取引ごとにどちらの法律が適用されるかを整理しておく必要があります。
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発注内容 |
主に適用される法律 |
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設備の定期点検・保守 |
取適法(役務提供委託) |
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日常清掃・ハウスクリーニング |
取適法(役務提供委託) |
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大規模修繕、内装・原状回復工事などの建設工事を請け負って施工業者に発注 |
建設業法 |
点検の結果として軽微な修理を行う場合のように、役務と工事の境界が曖昧な取引もあります。契約書や発注書で業務内容を具体的に特定し、個別に判断することが重要です。
フリーランス法との関係整理
不動産管理会社は、個人の清掃員、設備技術者、写真家、ライターなど、従業員を使用しない個人事業主(フリーランス)にも業務を委託することがあります。こうした取引には、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス・事業者間取引適正化等法、令和5年法律第25号)が適用されます。同法は令和6年(2024年)11月1日に施行されました。
両法の主な違いは次のとおりです。
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項目 |
取適法 |
フリーランス法 |
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発注者側の規模要件 |
資本金又は従業員数の基準あり |
なし(従業員を使用する事業者であれば規模を問わない) |
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受注者 |
中小受託事業者(法人・個人) |
従業員を使用しない個人・一人社長 |
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取引条件の明示・60日以内の支払 |
あり |
あり |
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減額・買いたたき等の禁止 |
あり |
あり(1か月以上の業務委託の場合) |
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就業環境の整備(ハラスメント対策、育児介護との両立配慮、中途解除の予告等) |
なし |
あり |
同じ取引が両法の要件を満たす場合、公正取引委員会は、フリーランス法と取適法のいずれにも違反する行為については、原則としてフリーランス法を優先して適用するとしています(「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律と独占禁止法及び取適法との適用関係等の考え方」令和6年5月31日公正取引委員会)。
もっとも、実務上は「どちらが優先されるか」よりも、両法の義務をいずれも満たす発注フローを整えることが重要です。特に、資本金・従業員数の基準で取適法の対象外となる小規模な管理会社であっても、フリーランス法は適用される点に注意が必要です。
発注書面・支払条件・価格協議記録の整備
取適法への対応で最も重要なのは、「発注時に条件を明示し、期日どおり現金で支払い、価格協議の経過を記録に残す」という基本を社内の仕組みとして定着させることです。不動産管理会社が見直すべき点は次のとおりです。
- 発注内容の明示(4条明示)
- 業務委託契約書の有無にかかわらず、個々の発注ごとに、給付(役務)の内容、代金の額、支払期日、支払方法などを書面又は電磁的方法で明示する。
- 年間契約の場合も、基本契約と個別発注の記載事項に漏れがないかを確認する。
- 一括決済方式又は電子記録債権を使う場合は、取適法施行に伴い追加された明示事項に対応する。
- 支払条件の見直し
- 支払期日は、役務の提供を受けた日から60日以内のできる限り短い期間内で定める。
- 手形払は廃止し、電子記録債権・ファクタリングは支払期日までに満額を現金化できる条件に限る。
- 振込手数料を委託先に負担させる運用は見直す。その際、代金を一方的に引き下げない。
- 価格協議の記録化
- 委託先から値上げや条件変更の協議の申入れがあった場合の窓口と対応手順を定める。
- 協議の日時、出席者、委託先の要望、自社の回答とその理由(根拠資料を含む)を議事録やメールで残す。
- 据え置き・減額で合意する場合も、合意に至った経緯を説明できるようにしておく。
- 取引記録の作成・保存(7条記録)
- 発注から支払までの記録を作成し、2年間保存する。
- 対象取引の棚卸し
- 自社と各委託先の資本金・従業員数を確認し、取適法・フリーランス法・建設業法のどれが適用されるかを取引ごとに一覧化する。
違反した場合のリスク
取適法に違反すると、公正取引委員会による勧告と企業名の公表、指導などの行政上の措置を受けるおそれがあります。発注内容の明示義務や記録の作成・保存義務に違反した場合には、50万円以下の罰金が科されることもあります。
さらに、委託先から民事上の請求を受けるリスクもあります。下請法・取適法違反の合意の私法上の効力については、その一般法である独占禁止法違反の契約の効力に関する最高裁判例が参考になります。最高裁判所第二小法廷昭和52年6月20日判決(昭和48年(オ)第1113号、民集31巻4号449頁)は、次のとおり判示しています。
いわゆる拘束された即時両建預金を取引条件とする信用協同組合の貸付が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律一九条に違反する場合でも、その違反により、貸付契約が直ちに私法上無効になるとはいえず、また、右契約が公序良俗に反するともいえないが、両建預金及び超過貸付があるために実質金利が利息制限法所定の制限利率を超過しているときは、右超過する限度で貸付契約中の利息、損害金についての約定は、同法一条、四条により無効になるものと解すべきである。
このように、競争法違反の契約が直ちに無効となるわけではありませんが、違反の態様が悪質な場合には、公序良俗違反(民法90条)として無効と判断され、減額分の返還や損害賠償を求められる余地があります。行政処分だけでなく、民事上の紛争リスクも踏まえた対応が必要です。
当事務所がサポートできること
当事務所では、不動産管理会社の皆さまに向けて、取適法対応を次のとおりサポートしています。
- 適用関係の診断:自社と委託先の資本金・従業員数、取引内容をもとに、取適法・フリーランス法・建設業法のどれが適用されるかを整理します。
- 契約書・発注書式の整備:業務委託基本契約書、個別発注書、注文請書などを、4条明示の記載事項に沿って見直し・作成します。
- 支払条件の移行支援:手形払・電子記録債権からの切替えや、振込手数料の負担変更を、減額・買いたたきに当たらない形で進めるための助言を行います。
- 調査・紛争対応:公正取引委員会・中小企業庁等による書面調査・立入検査への対応や、委託先との紛争の交渉・訴訟を代理します。
お気軽に弁護士にご相談ください
取適法は施行から10か月が経過し、公正取引委員会や事業所管省庁による調査・指導も本格化しています。不動産管理業は委託先の数が多く、取引の種類も役務・工事・情報成果物と多岐にわたるため、気付かないうちに違反状態となっているケースも少なくありません。
「自社の外注取引が取適法の対象になるのか分からない」「委託先から値上げの協議を求められたがどう対応すべきか」「手形払からの切替えで注意すべき点を知りたい」といったご相談がございましたら、弁護士にご相談ください。
参考資料
- 取適法施行に当たり事業者の皆様に御留意いただきたい事項(公正取引委員会)
- 下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律案(参議院 議案情報)
- 下請法改正法の概要(公正取引委員会、令和7年6月)
- 中小受託取引適正化法の概要(厚生労働省 富山労働局掲載資料)
- 振興基準の改正案について(中小企業庁、令和7年7月)
- 下請代金支払遅延等防止法(公正取引委員会掲載の改正前条文)
- フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン 新旧対照表(秋田県掲載資料)
- フリーランス・事業者間取引適正化等法について(厚生労働省 香川労働局)
- 最高裁判所第二小法廷昭和52年6月20日判決(裁判所ウェブサイト)
- 代表パートナー・所長
- 高橋 英伸
- 京都大学法学部卒業後、旧司法試験合格を経て2006年に弁護士登録。大阪市内の企業法務系事務所で15年のキャリアを積み、2021年に蒼生法律事務所を開設。相続・共有・所有者不明土地など空き地・空き家問題に注力。宅地建物取引士・相続アドバイザーの資格も保有し、不動産に関わる法的問題を総合的にサポートしています。
