はじめに(更新のない賃貸借としての定期借家)
建物の賃貸借契約と聞くと、多くの方は「よほどのことがない限り更新されるもの」というイメージをお持ちではないでしょうか。実際、民法・借地借家法が原則として想定している建物賃貸借(普通借家契約)は、賃貸人に正当事由がない限り更新を拒絶できず、期間が満了しても契約関係が継続していく仕組みになっています。
これに対して、借地借家法第38条に定められている「定期建物賃貸借契約」(以下「定期借家契約」といいます)は、契約の更新という概念そのものを排除し、期間の満了により賃貸借が確定的に終了する契約類型です。建替えや売却の予定がある物件、転勤等で一時的に自宅を貸し出したい場合、あるいは賃料相場の変動に応じて契約条件を見直したい場合など、更新を前提としない賃貸借のニーズに応える制度として、実務上広く利用されています。
もっとも、定期借家契約は、書面の作成方法や事前説明の方法について厳格な要件が定められており、これを一つでも欠くと、意図に反して「更新のある普通借家契約」として扱われてしまうリスクがあります。本コラムでは、定期借家契約の基礎知識、普通借家契約との違い、活用のメリット、有効に成立させるための要件、終了通知や再契約の実務上の注意点について、弁護士の視点から解説します。
定期借家契約の基礎(借地借家法38条)
定期借家契約は、平成11年(1999年)の「良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法」により創設され、その後の法改正を経て借地借家法第38条に整理された制度です。同条第1項は、期間の定めがある建物の賃貸借をする場合において、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、借地借家法第30条の規定(更新に関する規定を賃借人に不利に変更する特約を無効とする規定)にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができるとしています。
普通借家契約との違い
普通借家契約では、期間満了時に賃貸人が更新を拒絶するためには「正当事由」が必要とされ(借地借家法第28条)、正当事由が認められるハードルは実務上かなり高いのが実情です。立退料の支払いを前提としても更新拒絶が認められない事例も少なくありません。
これに対し、定期借家契約では、契約で定めた期間の満了により、賃貸人の側に正当事由があるかどうかにかかわらず、賃貸借契約が終了します。「更新がない」という点が、普通借家契約との最大の違いです。
契約期間の満了で確定的に終了する仕組み
定期借家契約では、法定更新に関する借地借家法第26条・第28条・第29条第1項の適用が排除されるため、期間満了とともに契約関係は当然に終了します。普通借家契約であれば、期間を1年未満とする合意は期間の定めのない契約とみなされます(借地借家法第29条第1項)が、定期借家契約はこの規定の適用対象外とされているため、1年未満の期間を定めることも有効です。
なお、居住用建物(床面積200平方メートル未満)を目的とする定期借家契約については、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により生活の本拠として使用することが困難となったときは、賃借人から中途解約を申し入れることができ、申入れの日から1か月の経過によって契約が終了する旨の規定が置かれています(借地借家法第38条第7項)。もっとも、これは賃借人側からの解約権であり、賃貸人側から一方的に契約を終了させる制度ではない点に注意が必要です。
定期借家契約を活用するメリット
・立退き・更新拒絶リスクの回避
建物の建替えや大規模修繕、売却などを予定している場合、普通借家契約のままでは正当事由が認められにくく、立退交渉が長期化したり、多額の立退料の支払いを余儀なくされたりするリスクがあります。定期借家契約であれば、契約締結時に定めた期間の満了により契約が終了することが法律上明確になっているため、将来の建替え等の予定がある物件について、あらかじめリスクをコントロールしやすくなります。
・賃料設定や入居者入替えの柔軟性
普通借家契約では、いったん設定した賃料を大幅に増減させることは、賃借人との合意がない限り借賃増減請求(借地借家法第32条)をめぐる紛争に発展しやすい傾向があります。定期借家契約では、期間満了ごとに契約関係が一度清算されるため、市場相場の変動に応じて賃料水準や契約条件を見直す機会を確保しやすく、社宅・単身赴任者向け住宅・シェアハウスなど、入居者の入替えを前提とした運用にも適しています。
有効に成立させるための要件
①期間の定めをすること
定期借家契約では、契約期間を設定しなければなりません。つまり、契約の始期と終期を明確にする必要があります。期間の定めがない契約や、不確定な期限の設定はできません。例えば、「入居日から2年間」といった、始期や終期が不明確な場合にはこの要件が認められず、普通借家契約と扱われてしまうリスクがあるため注意が必要です。
②書面(電磁的方法を含む)による契約
定期借家契約は、公正証書による等、書面によって契約をすることが成立要件とされています(借地借家法第38条第1項)。実務上は公正証書までは要求されず、私署証書(当事者間で作成する契約書)であっても、書面の形式さえ整っていれば有効とされています。
2021年(令和3年)の「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」による借地借家法改正、及びこれに伴う借地借家法施行令・借地借家法施行規則の整備により、賃借人の承諾を得た場合には、契約書面や後述する事前説明書面を電子メールの送信や、クラウド上のファイルを閲覧・記録させる方法などの電磁的方法により提供することも認められるようになりました。
もっとも、電磁的方法による場合には、賃借人から書面又は電磁的方法による事前の承諾を得ることや、受信者の使用する電子計算機の備えるファイルに出力・記録できる方法によることなど、法務省令が定める要件を満たす必要があるため、電子契約サービスを利用する場合には、そのサービスが要件を満たしているかを事前に確認しておくことが望まれます。
また、一度定期借家契約を締結しており、期間の終了後に再び定期借家契約を締結する場合であっても、再契約の際は書面(電磁方法を含む)によらなければならない点に注意です。
③事前の「更新がない旨」の書面説明
定期借家契約を締結しようとするときは、賃貸人は、あらかじめ、賃借人に対し、当該賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければなりません(借地借家法第38条第2項)。
気を付けるポイントは、以下の3点です。
①契約締結前に
②期間満了により契約が終了する内容の書面(電磁方法)を交付し
③説明を行う
この事前説明書面については、最高裁判所平成24年9月13日判決が重要な判断を示しています。同判決は、「38条2項所定の書面は、賃借人が,当該契約に係る賃貸借は契 約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず、 契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。」と述べ、賃借人が期間満了によって賃貸契約が終了する契約であることを事前に認識していたとしても、契約書とは別に「契約の更新がなく、期間の満了により終了すること」について記載した書面を交付して説明しなければならない旨判断しました。実務上は、賃貸借契約書とは別個独立した書面として事前説明書面を作成し、賃借人の署名押印を得た上で、その控えを保管しておくことが不可欠です。
要件を欠くと普通借家扱いになるリスク
書面や事前説明の要件を欠く場合、契約全体が無効になるわけではなく、「契約の更新がない」旨の定めのみが無効となり、結果として当該契約は法定更新のある普通借家契約として扱われることになります。裁判例でも、契約書上「定期建物賃貸借契約」と表示されていても、条項の中に更新に関する規定が併存しているなど、更新がない旨が一義的に明示されていないと評価された事案で定期借家契約としての効力が否定された例や、事前説明書面を送付したのみで口頭による説明を伴わなかった事案で更新がない旨の定めが無効と判断された例が見られます。契約書のひな型を流用する際に、普通借家契約の条項(更新料条項など)が誤って残存してしまうケースは実務上少なくないため、契約書の作成・レビューの段階で細心の注意が必要です。
終了通知(期間満了の1年前から6か月前まで)
期間が1年以上の定期借家契約の場合、賃貸人は、期間満了の1年前から6か月前までの間に、賃借人に対して期間満了により賃貸借が終了する旨の通知をしなければ、原則として契約の終了を賃借人に対抗することができません(借地借家法第38条第6項本文)。
この通知期間を徒過した場合であっても、賃貸人が期間満了後に通知をすれば、その通知の日から6か月を経過した時点で契約は終了します(6項ただし書き)。通知を失念していたことに気付いた時点で速やかに通知を行えば契約を終了させること自体は可能ですが、退去時期が半年間後ろ倒しになり、次の入居者の募集スケジュールにも影響するため、契約管理の観点からは、期間満了日を起点としたリマインダーを設定するなど、通知漏れを防ぐ運用体制を整えておくことが重要です。
再契約の実務と注意点
定期借家契約には更新という制度がありませんが、期間満了時に賃貸人・賃借人双方が合意すれば、改めて新たな定期借家契約(いわゆる「再契約」)を締結することは可能です。もっとも、再契約は法的には既存契約の更新ではなく、新たな契約の締結にほかならないため、再契約に際しても、公正証書等の書面による契約書の作成や、更新がない旨の事前説明書面の交付・説明を逐一行う必要があります。
実務上は、旧契約の終了通知を怠ったまま新契約書を取り交わしてしまう、あるいは新契約の賃貸借期間の開始日より後の日付で事前説明書面を作成してしまうなど、日付の整合性を欠くケースでその効力が争われる裁判例も見られます。再契約を行う際は、旧契約の終了処理(通知・明渡し・敷金精算等)と新契約の締結手続を明確に区別し、事前説明書面の作成日・契約書の作成日・賃貸借期間の始期の前後関係を必ず確認することが求められます。
トラブルになりやすいケースと予防策
- 契約書のひな型に普通借家契約用の更新条項が残ったまま定期借家契約として締結してしまい、更新がない旨が一義的に明示されていないと評価される。
- 事前説明書面を契約書と同一の書面内で兼用してしまい、独立した書面による交付・説明があったと認められない。
- 宅地建物取引業者による重要事項説明(宅地建物取引業法第35条)をもって借地借家法第38条第2項の事前説明を兼ねたと誤解してしまう。
- 期間満了の通知を失念し、賃借人から契約が終了していないと主張されて明渡しが遅延する。
- 再契約の際に、旧契約の終了処理と新契約の締結手続の前後関係・日付が整合していない。
これらのトラブルの多くは、契約締結時の書式・手続を整えることで未然に防止できます。契約書と事前説明書面を別個の書面として作成すること、事前説明書面には賃借人の署名・押印(電磁的方法による場合は本人による受領の記録)を取得すること、期間満了通知のスケジュールをあらかじめ管理すること、再契約時には毎回一から手続を履践することを徹底することが、紛争予防の基本となります。
当事務所がサポートできること
当事務所では、定期借家契約書及び事前説明書面のドラフト・レビュー、既存の普通借家契約から定期借家契約への切替えに関する助言、期間満了通知や再契約手続のスキーム構築、賃料改定を伴う契約更新実務のサポート、更新の有無をめぐって賃借人との間で紛争が生じた場合の交渉・訴訟対応まで、賃貸借契約に関する各種業務をワンストップでご支援しています。
オーナー様・不動産管理会社様のいずれの立場からのご依頼にも対応しており、個別の物件の状況や事業計画を踏まえた実務的なアドバイスをご提供いたします。
お気軽に弁護士にご相談ください
定期借家契約は、要件を正しく満たせば賃貸人にとって非常に有用な制度である一方、書面や説明のわずかな不備が原因で「更新のある普通借家契約」と判断されてしまうリスクを常にはらんでいます。「今の契約書のひな型で本当に問題ないか確認したい」「これから定期借家契約への切替えを検討している」「期間満了通知や再契約の手続について相談したい」といったご相談がございましたら、お早めに弁護士までご連絡ください。
- 代表パートナー・所長
- 高橋 英伸
- 京都大学法学部卒業後、旧司法試験合格を経て2006年に弁護士登録。大阪市内の企業法務系事務所で15年のキャリアを積み、2021年に蒼生法律事務所を開設。相続・共有・所有者不明土地など空き地・空き家問題に注力。宅地建物取引士・相続アドバイザーの資格も保有し、不動産に関わる法的問題を総合的にサポートしています。
